アブストラクト(17巻8号:日本胸部外科学会雑誌)

Title : 肺動脈塞栓症の実験的研究
Subtitle : 原著
Authors : 赤星良
Authors(kana) :
Organization : 東京医科歯科大学第1外科
Journal : 日本胸部外科学会雑誌
Volume : 17
Number : 8
Page : 916-939
Year/Month : 1969 / 8
Article : 原著
Publisher : 日本胸部外科学会
Abstract : 「I. 序言」 肺動脈塞栓症は従来から稀な疾患ではなく, 散発的にその発生を耳にするものであつた. ところが近年にいたつて主として欧米でその発生頻度と死亡率の高さからにわかに注目をあび, さらに致命的な急性塞栓(massive pulmonary embolism)に対して外科的療法が開発されてきたことと相まつて, 外科の立場からも極めて強い関心が寄せられるにいたつた. 近年の統計によるとアメリカ合衆国ではこの疾病のために死亡するものが毎年47,000名に達し1),これが各種手術に伴つて発生する率は0.1~0.2%で手術に関係した死亡の1~2%を占めるといわれている2)~5). また綜合病院で病理解剖に附された死体の2%から15%は肺動脈の塞栓に死因が求められ3)6)~11), 剖見中6%から64%には肺動脈になんらかの閉塞性変化を伴つていたという報告も見出される9)12)~14). さらに注目に値することは, その発生数が年々増加の傾向を示してきている事実である15)~20). その原因としては, 本症に対する認識と診断技術の進歩がある程度関与しているものと思われるが, 実質的な増加も無視して考えうるものではなく, 他疾患に対する綜合的な対策の強化によりその疾患による死亡が減少し, 老令層および患者人口が増加したことが本疾患の発生に関係し, さらにその間に加えられる人為的な処置は増大し多様化する傾向にあり, たとえば各種の手術, 静脈カテーテル, 体外透析などの機会の増加, 病臥時間の延長, 特殊薬剤の使用などはこれに拍車をかけるものであると考えられる5)14)21)~31). 病因論的な解釈は末だ憶測の域を出ないが, 少くとも他疾患に対する対策が進むにつれて, その結果と手段の両面から相対的に頭角を現わしてきた疾患のひとつといいうるものであろう. 幸にわが国では本症の発生は欧米に比して少なく89)90), 民族的な体質, 風土環境の差異などが考えられるが, 食生活を中心とした環境の変化, 人口構成の推移, 医療形態の進展から各種の疾患において欧米型病型の増加が注目されており, 本症の発生もその頻度の増加については軌を一にするものがあり91), 今後強くその対策を迫られる疾患と考えられる. 肺動脈塞栓症に対処する場合, そこには種々の困難が待ちうけている. もつとも問題となるmassive pulmonary embolismに際しては, 発症から死亡までの時間経過が極めて短かく, 発症後1時間までに25~62%, 2時間までに47~79%が死亡し, 数時間後に生き残りうるものは17~38%にすぎないと報告されており, まさに電撃的な経過をとることがわかる19)32)~35). すなわちいかに短時間のうちに適確な診断をくだし, 効果的な処置をとるかが生死の別れめであることが理解されるのである. 他方肺動脈塞栓症を全体としてみた場合にはその病態は極めて多様であり, ある範囲までの肺動脈閉塞は保存的に処置しても残存肺が充分に機能を代償し, また血栓の溶解による病巣の治癒も期待されうるものである36)~44). ここに手術適応決定の難かしさがあり, ひとつの問題を提起している. 肺動脈塞栓症に対して手術的に塞栓を除去し救命しようとする試みは1908年Trendelenburg45)によつてはじめておこなわれた. この試みは失敗に帰したが方法は継承されて1924年にKirschner46)が最初の成功例を報告し, 救命の可能性に希望をあたえた. しかし当時としては肺動脈内腔に到達すること自体が大きい危険を伴うもので, 幾多の努力にもかかわらず死亡率は極めて高く, 手術の価値を疑問視する者も少なくなかつた. 以来1960年までに報告された成功例は23例である47). 人工心肺装置の出現は肺動脈塞栓除去術にも有力な手段をあたえたもので, 1961年Shary48), 続いてBeall, Cooley49)は必肺装置使用下に手術を行なつて救命に成功し, この時期以降本症に対する手術療法は画期的な進歩をとげ, 相ついで成功例の報告に接するに至つた. しかし前述の死亡数に対して考えるとき, 成功の数は未だ極めて限られたものであり今後の発展にまつところが大きい. わが国では本症の発生が少い点から, 急性塞栓に対してこれを手術によつて最終的に救命しえたという報告にはまだ接していない. しかし手術自体には成功しながら惜しくともこれを失い92)93), または手術に至らず不幸な転帰をとつた症例については時折り耳にするものであり, 欧米における状況を対岸の火事として見過すことのできないものを感じるのである. 本研究は以上の現状を考慮し, 急速かつ広範囲の閉塞が肺動脈に起つた際の諸変化に対し, 血行動態を中心として実験的に検討を加えたものであり, massive pulmornay embolismに対する手術適応の問題と有効な対策などについて知見を得ることを念頭において行なわれたものである.
Practice : 臨床医学:外科系
Keywords :
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