アブストラクト(18巻6号:日本胸部外科学会雑誌)

Title : 左心系補助循環の実験的研究-とくに心搏同調型左心バイパス法, および大動脈-大動脈パンピング法の血行動態におよぼす影響について-
Subtitle : 原著
Authors : 片岡和夫, 杉江三郎
Authors(kana) :
Organization : 北海道大学医学部第2外科学教室
Journal : 日本胸部外科学会雑誌
Volume : 18
Number : 6
Page : 564-587
Year/Month : 1970 / 6
Article : 原著
Publisher : 日本胸部外科学会
Abstract : 「第1章 緒言」 1937年Gibbon1)が実用的な人工心肺を作製し, 1951年Dennisら2)がはじめて臨床に応用し, その後1953年Gibbonら3)が, 心房中隔欠損症の手術に用いて成功をおさめて以来, 人工心肺は開心術の補助手段として, 年々改良され, いちじるしい発展をとげてきた. かくして今日では, ほとんどの開心術が人工心肺使用下に, 安全に行なわれうるようになり, かつ, 安定した手術成績が得られている. 一方, 体外循環を開心術の補助手段としてのみでなく, ひとつの治療法として, 内科的な重症心不全患者や, 開心術後の心不全患者に応用せんとする研究も, 人工心肺の発展と平行して, 一部の研究者たちによつてすゝめられていた45). 1952年Dogliotti6)が縦隔洞腫瘍摘出術中に発生した急性心不全症例に初めて体外循環を応用し, 救命し得たことから, 心肺機能を補助, 代行する補助循環法が, 重症心不全の有力な治療手段として注目されるにいたつた. 以来, 種々の補助循環法の研究が進み, その適応となる疾患, および禁忌などが次々に明らかとなつてくるにつれて, その各々について, 実験的, 臨床的研究報告も数を増してきた8)9). 補助循環法の目的は, ポンプとしての心臓の機能を代行することにより, その仕事量を軽減し, 心臓に休息状態を与え, さらに積極的に冠血流量を増加させ, 不全心の回復を促進させることにある. Salisbury7)は, その条件としてつぎの7項目をあげている. すなわち 1. 心筋酸素消費量の減少 2. 冠血流量の増加 3. 心の外仕事量の減少 4. 心の仕事効率の改善 5. 心筋硬塞による壊死組織領域の縮少 6. 心電図の改善 7. 充分な末梢循環の維持である. これまでに, これらの目的にかなう補助循環法として, 実験的, 臨床的に検討されてきた方法として, つぎに述べるものがある. (1)静動脈パンピング法10)11)12)13)14)(Veno-Arterial Pumping without Oxygenation)(2)部分心肺バイパス法8)9)(Partial Cardio-Pulmonaly Bypass)(3)静-静脈潅流法15)16)(Veno-Venous Pumping with Oxygenation)(4)右心バイパス法(Right Heart Bypass)(5)左心バイパス法(Left Heart Bypass)(6)心搏同調動脈反脈動法(Synchronized Arterial Counterpulsation)(7)その他(1)静動脈パンピング法:大静脈血を体外に吸引し, ポンプによりこれを大動脈内に再送入する方法である. その目的は, 右心系の容量負荷を軽減することにあり, 急性右心不全, 肺栓塞, 肺水腫などがその適応となる. 本法は, 手技が比較的簡単で, 開胸を必要としないところから, 臨床にも応用され12)一応の成果をおさめている. しかし本法は, 左心不全に対しては, むしろ有害とする見方が強い17). すなわち, 大腿動脈より上行性に再送入する場合, 下半身には酸素含量の低い血液が流れ, アシドージスにかたむく一方, 心の負荷を軽減せんとして潅流量を増すことにより, さらに上半身へとHypoxiaおよびアシドージスの危険がつよまることになり, 現在はごく限られた右心不全症が本法の対象となるにすぎない. (2)部分心肺バイパス法:吸引した大静脈血をOxygenatorにて酸素化し, 大動脈系に送入する方法である. しかし, 左心不全に対しては, 圧仕事の軽減があまり期待できないこと, 酸素化による血球破壊をもたらすことなどにより, その潅流時間には, おのずと制限があり, 少数の臨床応用例の報告8)9)があるが, 成績は, かならずしも良好とはいえない. (3)静-静脈潅流法:肺機能不全時の補助循環法としてSchramelら15)16)により研究されたものである. 大静脈または右心房より吸引した静脈血を酸素化し, ふたたび大静脈または頚静脈に送りこむ方法で, 潅流圧が低くてすみ, 血球破壊も少いとの報告があるが, 肺血栓, 肺出血などの合併症の報告もあり, 臨床応用にはまだ問題が多い. (4)右心バイパス法:右心不全に対する治療法の1つであり, 静動脈パンピング法, 部分心肺バイパス法と同様な効果をもたらすものである. しかし開胸の必要性があることから, その理論は, 三尖弁狭窄症, Ebstein氏病などの心疾患の手術法18)として応用されているものの, 補助循環としての意義は少ない. (5)左心バイパス法:左心房より血液を吸引し, 送血ポンプによつて大動脈内に送入する方法で, 左心室の外仕事量の軽減をはかり, 一方では冠潅流圧を一定に保ち, 左心不全の回復を促さんとするものである. 1960年Salisburyら17)が, その有用性を強調して以来, 補助循環研究の一方の主流として, 今日まで発展してきている38)39). しかし, 補助循環法はあくまでも非開胸下に行なうことが理想でありその意味において, 1962年にDennisら19)が発表した特殊カニューレは注目すべきものであつた. すなわち, 頚静脈より右心房に至り心房中隔を穿刺し, 左心房より血液を非開胸下に体外に吸引し, ポンプで大動脈に送入する方式を発表し, 多くの実験例および臨床例を報告した. また, 左心室バイパス法は左心室の酸素消費量を減少させる一方, 本法を施行することにより, 左冠動脈分枝の結紮などによつて起る細動発生が抑制されることも分つた22)23)25)26). しかし, 一方では, 冠潅流圧を高めるためには, より大動脈弁口近くに血液を送入する必要があり27)このことは, 左心房より左心室に血液が流入してくる限り, 左心室は常に高い大動脈圧にうちかつて大動脈弁を開き, この血液を駆出せねばならないことを意味する. このため, 左心室容量を最小限にする必要性, すなわち, 左心房に帰つてくる血液の90%以上をバイパスすることの必要性が強調されるようになつてきた28)30). このような目的のためにはDennisらの考案した経静脈性カニューレシヨンによる方式では, その吸引能力に限界があり, また開胸下に直接, 左心房に太いカニューレを挿入する場合でも, 肺静脈血のほぼ全量を吸引することは, 臨床上手技的に非常に困難なことである33). (6)心搏同調動脈反脈動法:1958年Harken31)らにより提唱された方法で, 心収縮期に博出された血液を体外の補助心室(ポンプ)に, いつたん吸引し, 心拡張期にこれを大動脈内にポンプにより駆出するものである. すなわち人為的な大動脈圧の位相の逆転により, 左心室は低い収縮期大動脈圧に対し大動脈弁を開くことができ, 左心室圧仕事は軽減され, さらにポンプによる拡張期圧上昇のため, 冠潅流圧が高まり, 十分な冠血流量を維持しうるという, すぐれた理論をもつものである. 1961年Clauss32)らが心電図のR波をTriggerとして心搏に同調する装置を実用化して以来, ポンプとその駆動装置も次第に改良され, 現在では多少の頻脈, 不整脈に対しても完全に同調して作動する装置が用いられるようになつた40)41)42). また本法が, 左心室圧負荷の軽減, 心筋酸素消費量の減少, 冠血流量の増加43)44)45)46)などをもたらし, 乏血による心室細動発生抑制効果47)48)末梢循環改善効果45)などをもつことも実験的につぎつぎと証明されてきた. Jacobey49)は冠動脈に微粒子を注入することにより作成した犬の虚血心に本法を施行し, 冠動脈の側副血行路の開通がみられることを証明し, Rosensweig50)らもAmeroid constrictorによる虚血心について同様の結果を報告した. 本法は急性左心不全症の治療法として, さらに研究され, 応用されるべき補助循環法と考えられる. (7)その他の補助循環法としてAnstadtら34)やSkinner35)Zajthackら36)の, 直接心筋を機械的にマッサージする方法や, Kantrowitzら37)の, 大動脈内バルーンカテーテルによるパンピング法があり, 少数ではあるが, 臨床応用例も報告されている. さて, わが教室においては, 1965年以来, 左心系補助循環の実験的研究に着手し, 教室の田村26)は左心バイパス法が左心室の容量負荷および圧負荷を軽減し, さらに, 完全バイパスを行なうことにより, 心筋酸素消費量を有意に減少させることを認めた. また, 本法は, 実験的に作成した急性乏血左心不全心に対し, 細動発生抑制効果および, 誘発細動時も, 本法により除細動が容易となり, 心蘇生に有効であつたことを報告した. 今回著者は, 部分バイパス下でも完全バイパス時と同様の効果を得るべく, その解決法を動脈反脈動法の原理に求め, わが教室において独自に開発した装置を用いて, 心搏同調型左心バイパス法の動物実験を行なつた. さらに, 臨床応用を目標に, 心に対しより侵襲の少ない方法として, 大動脈-大動脈パンピング法(Aorto-Aortic pumping), すなわち下行大動脈に特殊カニューレを挿入し, かつ反脈動法を用いる補助循環法についても実験をすすめ, 各々みるべき知見を得たので, 以下, その詳細について報告する.
Practice : 臨床医学:外科系
Keywords :
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