Abstract : |
開心術中に行われる上行大動脈遮断は心筋を虚血状態とし, その虚血状態が一定時間を越えると心筋障害を残し, 低心拍出量症候群の原因となる. とくに左室肥大心はその影響が強く, 左室自由壁心内膜下に出血壊死を起すことが報告されている. 本論文はこの虚血状態の心筋を保護する目的で心筋局所冷却を行い, とくにその影響を受けやすい左室肥大心に及ぼす効果を検討した. 31頭の正常犬と10頭の上行大動脈絞扼により作成した左室肥大犬を用い, 体外循環下に上行大動脈遮断を行い, 常温群と局所冷却群に分け, 心機能, 心筋代謝, および組織学的変化を検討した. 常温下大動脈遮断時間30分までは心機能の低下を見ず, 阻血中の嫌気性代謝は遮断解除後30分以内に改善された. また左室自由壁内の出血も軽度であった. しかし常温遮断60分では心機能が著明に低下し, 嫌気性代謝の持続が永く, 心筋細胞の破壊にまで至った. 左室自由壁内の著明な出血と心筋線維構造の乱れはこれを裏付けるものと思われた. 心筋局所冷却下の大動脈遮断では心機能の低下は見られず, 阻血中の嫌気性代謝はよく抑えられ, 細胞膜の機能はよく保護された. 左室自由壁内の出血も軽度で, 心筋線維構造はよく保たれた. しかしながら左室肥大心に対する局所冷却下の大動脈遮断では心筋収縮力は低下し, 虚血状態が遮断解除30分後も続き, 左室自由壁内の出血も著明で, しかも心筋全層にわたっていた. これは左室肥大のため心内膜側心筋が十分に冷却されず, 嫌気性代謝が過度に進み, 細胞の恒常性が保てなくなったためと解釈された. よって大動脈弁疾患に見られる左室肥大の強い心筋に対する大動脈遮断では左室内腔も同時に冷却するか, 冷却冠潅流を併用するなどして十分な心筋保護を計る必要があると結論された. |